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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)451号 判決 1984年11月14日

控訴人

上東野要蔵

右訴訟代理人

田村五男

葛窪清治

寿原孝満

被控訴人

亡上東野三蔵遺言執行者

木島英一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実≪省略≫

理由

一請求の原因事実のうち、本件土地がもと亡三蔵の所有であつたこと、同人が訴外上東野輝子に本件土地を遺贈する旨の公正証書遺言をし、また、右遺言により被控訴人が遺言執行者に指定されたこと、三蔵の死亡及びその日時、控訴人が本件建物を所有して本件土地を占有していることがそれぞれ当事者間に争いのない事実、控訴人の抗弁一につき控訴人が三七万五〇〇〇円を支払つて本件土地を買い受けたとの事実が認められないこと、抗弁四につき取得時効の主張が認められないことについての当裁判所の説示ないし認定、判断は、原判決理由中の関係部分<中略>の説示と同一であるから、ここにこれを引用する<中略>。

二控訴人の抗弁二及び同三の主張にかかる贈与については、これらを認めるに足りる的確な証拠はなく、かえつて、さきに引用した原判決理由中に認定された本件土地の使用関係に照らせば、控訴人主張の贈与の事実はなかつたと認めるのが相当である。

三よつて抗弁五について検討する。なお、再抗弁三及び四についてはのちに判断を示す。

<証拠>によれば、控訴人は、共同相続人である島田米子、亡上東野信蔵及び訴外上東野登の子で代襲相続人の上東野和子外四名と共に、昭和四八年一二月一〇日、亡三蔵の相続人のうち上東野三雄、上東野六郎、上東野健治、上東野輝子、小貫鈴江外一名に対し、同月一三日星好子に対し、控訴人、信蔵、米子については各二二分の一、上東野和子外四名については各一一〇分の一による遺留分をもつて、相手方各自が遺贈又は生前贈与を受けた土地(上東野輝子については、別紙贈与物件目録記載の各土地)につき、それぞれ各遺留分権者の遺留分に満つるまで減殺する旨の意思表示をし、三雄、六郎、輝子、鈴江外一名に対しては同月一四日に、健治に対しては同月一八日に、好子に対しては同月二〇日に右意思表示が到達したこと、その後、右権利者のうち上東野登の子らを除く者が原告となり(信蔵はその後死亡し、その妻上東野花子、その子上東野キヌ子、村田節子、山本美佐子、上東野義男、同茂(以下「キヌ子外四名」という。)が訴訟承継した。)、義務者のうち六郎外一名を除く者を被告として、東京地方裁判所に遺留分回復の訴(同庁昭和五二年(ワ)第六五三二号土地所有権移転登記請求事件)を提起したところ、同裁判所は、昭和五七年七月三〇日に言渡した判決により、控訴人については、輝子が遺贈を受け所有名義を有する本件土地を含む五筆の土地(他の二筆については転売されていたため損害賠償請求を認容した。)につき、右遺留分減殺請求の結果、控訴人が一、八五六、五〇〇、〇七四分の二四四、八二三、〇〇〇の持分を取得したことを認め、その趣旨に従い輝子に対し控訴人への所有権移転登記の更正登記手続をすべき旨を命じ、右判決はのちに全当事者間で確定したこと(確定の経緯についてはのちに判示する。)が認められる。<証拠>によれば、控訴人は、前示遺留分減殺請求権の行使により、本件各土地について一、八五六、五〇〇、〇七四分の二四四、八二三、〇〇〇の割合による共有持分権を取得したものと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない。

四しかるに、被控訴人は、再抗弁五として、被控訴人は昭和五七年九月二八日右判決の判断に従い、遺留分減殺請求が認められた本件土地(一)、(二)の価額合計一六三三万二五六九円に控訴人の持分一、八五六、五〇〇、〇七四分の二四四、八二三、〇〇〇の割合を乗じた金額である二一五万三八三二円を価額弁償として控訴人のために供託したから、控訴人の遺留分減殺請求の結果による本件土地共有持分は消滅に帰したと主張するところ、被控訴人による右供託の事実は当事者間に争いがなく、本件土地共有持分権の右供託時の価額が二一五万三八三二円であつたことは控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。もつとも、被控訴人は、右供託に先立ち、控訴人に対し弁済の提供をした事実を明らかに主張しないが、控訴人は本訴において本件土地の占有権原として本件土地に対する共有持分を主張するために遺留分減殺請求の結果を主張しており、被控訴人において価額弁償のための提供をしても、これを受領しないことは明らかであつたと認められる(成立に争いのない甲第四号証(供託書)にも同旨の理由が付されている。)ので、被控訴人の供託が控訴人に対する履行の提供なくして行われたとしても、その限りでは、これを有効と認めて妨げないというべきである。

しかるところ、更に控訴人は、再々抗弁三及び四を提出してその効果を争うので、この点につき判断する。

1  前記別件訴訟の第一審判決に対して被控訴人から控訴が提起され、その後控訴人からも附帯控訴が提起されたが、昭和五八年一〇月四日控訴の取下があつたため、控訴審の手続が終了したことは当裁判所に職務上顕著な事実であり(<証拠>)、右訴訟の経過と<証拠>によれば、別件訴訟の第一審判決は、控訴期間満了の日である昭和五七年八月二四日をもつて確定したことが明らかである。

してみると、被控訴人の価額弁償のための供託は、控訴人らの上東野輝子に対する所有権移転登記の更正登記請求権の存在が判決によつて確定された後にされたものというほかはない。

2 ところで、民法一〇四一条に定める受遺者又は受贈者の遺留分権利者に対する価額弁償の制度は、遺贈又は贈与の目的物の返還義務を免れしめることを目的とするものであつて、いわば法定の代物弁済による解決の手段であり、その本旨は、被相続人の意思の尊重を基幹として相続人、受遺者、受贈者間の利害を調整することにあり、その制度の効用が発揮されることにより、受遺者・受贈者の遺贈又は贈与の目的物をめぐる既成の事実関係が維持される反面、遺留分権利者には、当該目的物の返還に相等しい過不足のない代償としての金銭給付を得させることとなるのである。したがつて、このような制度の趣旨、ことに、遺留分権利者が得るものが価額弁償時における等価の金銭であつて、いわば目的物そのものを得るに等しい点に鑑みるときは、遺留分回復の訴訟が先行した場合に、その事実審の口頭弁論終結時までに価額弁償の提供をしなければならないとして、時期的制限を科する必要はなく(口頭弁論終結後に価額弁償をしても従前の審理が無駄になることはない。)、遺留分の完全な回復が得られるまでは、価額弁償をなしうるものと解するのが相当である。そして、このように解することは、共有関係の成立をよりいつそう回避する結果を生ずるから、前記の制度の趣旨により合致するものと解される。

したがつて、控訴人の再々抗弁三は理由がないものというべきである。

3  次に、再々抗弁四については、被控訴人によつてされた別件の控訴の取下は、むしろ価額弁償のためにされた供託の効果を終局的に確定するためのものであり、したがつて、控訴取下をもつて価額弁償を撤回し又はその効果を消滅させる行為と解すべきでないことは、その行為の内容からして明らかであるから、控訴人の右再々抗弁もまた理由がない。

4  そうすると、被控訴人の再抗弁は結局理由があるから、控訴人が遺留分減殺請求により本件土地(一)、(二)について取得した共有持分権は、これを取得しなかつたこととなり、控訴人の右主張に基づいては控訴人の本件土地(一)、(二)に対する占有の権原を認めることはできないというべきである。

五ところで、被控訴人は、再抗弁三として、控訴人は亡三蔵からその生前に借地権の取得及び地上建物の建築について資金の贈与を受けており、その全額を借地権によつて評価するときは、法定相続分を超える金額となるから、遺留分侵害はないと主張し、また再抗弁四として、控訴人は三蔵の死に際し通夜、葬式にも参列しなかつたものであり、減殺請求権の行使は権利を濫用するものであるとも主張するので、これに対する判断を示す。

<証拠>によれば、控訴人は別件訴訟においても右と同一の各主張を抗弁として提出したが、いずれも理由なしとして排斥されたことが認められるところ、右判決が確定したことは前認定のとおりであるのみならず、被控訴人が別件訴訟の係属中(それは本件訴訟の当審係属中でもある。)にした本件土地の共有持分に対する価額弁償により控訴人が遺留分減殺請求により一旦取得した本件土地に対する共有持分を失ない、右価額弁償により少なくとも本件土地についてはすでに権利関係が確定したことは、さきに認定したところにより明らかである。そうすると、別件訴訟の訴訟物は、形成権である遺留分減殺請求権を行使した結果、控訴人に一旦は移転した本件土地の共有持分権に基づく更正登記請求権であつて、遺留分減殺請求権ではなく、また、右請求権の存否について既判力が及ぶわけでもないが、右のように遺留分減殺請求権行使の結果、控訴人と被控訴人との間において本件土地についての権利関係が確定してしまつた以上、被控訴人において遺留分減殺請求権の存否自体ないしはその行使の適否を争うことはできないものというべきであり、被控訴人の再抗弁三及び四はいずれも理由がないものといわねばならない。

六よつて、進んで控訴人の抗弁七の使用貸借契約の存否及び被控訴人の再抗弁七の右使用貸借契約の解除の主張の当否について判断する。さきに認定した事実関係によれば、亡三蔵は、昭和三三年後半から同三四年にかけて、本件土地を含む一〇〇坪の土地を、三雄及び控訴人の居住する建物の敷地とするため、右控訴人らに対してその使用を許諾したことが明らかであるところ、右使用の期限について特別の定めをしたことを認めるに足りる証拠はないから、遅くとも昭和三四年中に建物所有を目的とし、期限の定めのない使用貸借契約が控訴人及び三雄と三蔵との間に成立したものと認めるのが相当である。そして、<証拠>によれば、控訴人と三雄とは、昭和三四年頃、本件建物を建築して家族と共にこれに居住するようになり、その後、三雄は控訴人夫婦との折合いが悪く、昭和四一年頃別居するに至つたが、控訴人は現在まで居住を続けて来たことが認められる。

ところで、被控訴人は、右使用貸借契約は本件訴状の送達により解除の意思表示をしたと主張するところ、本件訴状に解除の意思表示が明示されていないことは、訴状の記載に照らして明らかであるが、被控訴人は訴状において控訴人の本件土地の不法占拠と主張し、本件建物の収去による本件土地の明渡しを求めていることが明らかであるから、右明渡要求には解除の意思表示を含むものとして妨げないというべきである。

しかるところ、被控訴人は、解除の理由として、本件土地の使用貸借については民法五九七条二項但書所定の使用及び収益をするに足りるべき期間を経過した場合に該当する事情がある、と主張する。しかしながら、本件建物は、その規模約一〇〇平方メートルの平家建であり、その構造からみても本格的な建物であつて、前認定のように、控訴人は、本件土地を借り受けてのち直ちに本件建物の建築に着手して間もなく居住を始めたものであり、しかも、その借受けに当たつて三蔵との間で特に臨時的な土地使用関係であることを約束させられた事情を窺うに足りる証拠はないのであるから、本件使用貸借については、民法同条二項本文及び但書を適用すべき事情はいまだ存しないものというべきであり、したがつて、被控訴人による契約解除の主張は理由がないというほかはない。

七以上によれば、控訴人の抗弁七は理由があるから、本件土地の明渡しを求める被控訴人の請求は理由がないことに帰し、これと結論を異にする原判決は不当であるから、これを取り消し、被控訴人の請求を棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(吉井直昭 岡山 宏 河本誠之)

物件目録第二(訂正後のもの)

一 船橋市前原西三丁目四八〇番地八四八〇番地二三

家屋番号 四八〇番八

木造瓦葺平家建居宅 一棟

床面積 九九・四一平方メートル

附属建物

木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建浴室 一棟

床面積 四・九五平方メートル

贈与物件目録

一 遺贈にかかる物件

1 船橋市前原西四丁目六〇四番

畑 一四一四平方メートル

2 同市前原三丁目四八〇番の八

宅地 二五一・二三平方メートル

3 同所同番の一六

畑 九・九一平方メートル

4 同所同番の二〇

畑 二六平方メートル

5 同所同番の二三

畑 五六平方メートル

6 同所同番三〇

畑 三・三〇平方メートル

7 同所同番三一

宅地 一三・二二平方メートル

二 生前贈与にかかる物件

1 船橋市前原西一丁目五五一番二

宅地 三〇七・四三平方メートル

2 同所同番一

宅地 三三一・九〇平方メートル

3 船橋市前原西一丁目五五二番二

宅地 四九四・二一平方メートル

4 同所同番三

宅地 七六・〇三平方メートル

5 船橋市前原西三丁目四八〇番の四

畑 七・七七平方メートル

6 同所同番の五

畑 二四二平方メートル

のうち五五平方メートル

7 同所同番の六

畑 一一五平方メートル

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